第二言語習得研究でこれまで扱われてきた明示的・暗示的知識の定義について,認知心理学の分野での意識的・無意識的知識の定義を参照しながら再考を迫った論文です。これまで,暗示的知識とは母語話者が言語使用に用いるものとされ,「早く,かつ無意識的に」用いられるとされ,一方で明示的知識とは,「遅く,かつ意識的な」知識であるとされていました。この論文では,文法性判断課題ののちに主観的測度を測定し,学習者が文法性判断になんらかの規則を適用したか,または直感による判断かをたずねました。英語のtough構文(e.g., the problem is tough to solve)に焦点をあて,この文法項目に対しては直感による判断であると答えた場合に正答にいたる確率が高く,その際の反応時間は遅くなる傾向にあることが判明しました。つまり,無意識的である知識は必ずしも早く作動するとは限らず,そうした知識を日本語を母語とする英語学習者が獲得している可能性を示唆しました。この結果はこれまでの第二言語習得研究における明示的・暗示的知識の枠組みからは捉えることができず,意識軸とスピード軸が斜交していることを想定することにより学習者の文法知識を捉えることを提案しました。
明示的・暗示的知識
Tamura & Kusanagi (2015b)
日本人の英語学習者を対象として,文法性判断課題を用いて明示的暗示的知識の測定を試みたものです。対象項目を,英語の非断定的述語(non-assertive predicate)として,非断定的述語の補部(complement)に対する意味的制約への知識表象を検証しました。時間制限のない文法性判断の結果を明示的知識の指標,読みなおしをせずにできるだけ早く判断をくだすように指示をした文法性判断課題の結果の暗示的知識の指標としています。文の文法性(2水準)と課題(2水準)を独立変数として,文法性判断課題の正答率を従属変数とした分散分析を使用しました。結果として,文の文法性の主効果のみが有意であり,学習者は対象とした言語項目の意味的制約に関する知識表象に欠陥がある可能性を指摘しました。
Tamura, Y. & Kusanagi, K. (2015b). Measuring Japanese learners’ explicit and implicit knowledge of constraints on verb semantics: A case of assertive predicates in English as a Foreign Language. International Journal of Curriculum Development and Practice, 17 (1), 25–38.
Tamura & Kusanagi (2015a)
日本人英語学習者の明示的・暗示的文法知識を,時間制限のない文法性判断課題と読みなおしをせずにできるだけ判断を早くするようにと指示をした時間制限あり文法性判断を使って調査した論文です。Kusanagi & Yamashita (2013)のパラダイムを援用し,学習者の習得が困難であるとされる名詞句の可算性に焦点を当てました。具体的には,数えられる可算の普通名詞(e.g., cat/cats)と数えられない物質名詞(e.g., gold)についての知識を文法性判断課題で検証しました。可算の普通名詞は時間制限の有無でパフォーマンスが著しく悪化するのに対し,物質名詞は正答率が低いものの時間制限の有無の影響を受けないことが明らかになりました。これによって,明示的・暗示的知識の表象が文法項目によって異なる可能性が示唆されました。