日本語を第一言語とする英語学習者が,英語の単数・複数形を文処理中に自動的に概念的意味へとマッピングできているかどうかを調べた研究です。
先行研究(Jiang et al., 2017)では,文中に単数形名詞が出てきたとき,それが複数の物が写っている写真とペアになると,母語話者の反応時間が遅くなることが示されていました。これは,文処理中に単数形の意味(=1つ)が自動的に活性化され,写真の内容との概念的な不一致が干渉を生んでいることを意味します。ただし,Jiang et al. の研究では「単数名詞×複数の写真」という一方向のミスマッチしか検討されていませんでした。では逆方向,つまり「複数形名詞×1つの物の写真」ではどうなのか,については誰も調べていなかったのです。
本研究では,文と写真のマッチング課題を用いて,この両方向のミスマッチを同時に検討しました。実験の仕掛けはこうです。まず参加者に写真(物が1つか3つ写っているもの)を見せ,続いて写真の内容(物の位置や色)を説明した英文を提示します。参加者は「文が写真を正しく説明しているか」をできるだけ速く判断します。肝心なのは,ターゲット試行では単数・複数のミスマッチが仕込まれていること,そして参加者には「数のズレは気にしないでいい」と明示的に教示している点です。それでも反応時間に遅れが生じるならば,数の処理は意識的な注意とは独立して自動的に行われている,ということになります。L1英語話者32名と日本人英語学習者96名を対象に実施し,反応時間データを逆ガウス分布の一般化線形混合モデルで分析しました。
結果として,L1英語話者は両方向のミスマッチで反応時間の遅れを示しました。単数名詞が複数の写真とペアになっても,複数形名詞が1つの物の写真とペアになっても,どちらも干渉が起きていたわけです。一方,日本人英語学習者は,単数名詞が複数写真とペアになった条件では反応時間の遅れが見られたものの,複数形名詞が1つの写真とペアになった条件では有意な遅れが見られませんでした。
この非対称性の説明として,本研究では意味的有標性(semantic markedness)の概念を援用しています。単数形の意味(=正確に1つ)は精確で特定性が高いのに対し,複数形の意味(=1より多い)は本来ぼんやりしていて,特定の数を指すわけではありません(Sauerland et al., 2005; Patson et al., 2014)。学習者にとっては,この「単数のクリアさ」があるからこそ自動的な概念マッピングが成立するが,「複数の意味のぼんやりさ」に加えて,日本語には義務的な複数形形態素が存在しないという母語の影響(Morphological Congruency Hypothesis; Jiang et al., 2011)も重なり,複数形と複数概念のリンクが自動化されるに至っていない,という解釈です。
この結果がとくに重要なのは,これまでの研究の解釈に修正を迫る点です。Tamura (2025)でも論じたように,先行研究で見られてきた学習者の複数形態素への「非敏感性」は,複数形を処理できていないとか意味が載っていないということを必ずしも意味しません。本研究の文脈では,単数形から複数形への方向ではきちんと干渉が生じていることから,問題は形式と意味のマッピングの有無ではなく,その自動化の度合いや方向性によって異なる,という可能性を示唆しています。両方向のミスマッチを一つの実験で検討したのは本研究が初めてであり,この非対称性を明らかにした点に独自の意義があると考えています。